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子の権現参詣・参拝 登山安全・足腰丈夫祈願
  

【日  付】 2020年01月11日(土曜日)

【メンバー】 L:T.I、メンバー So.N、To.K、S.O、T.Ma、N.M、Ya.T、Y.Y、K.Y、Yu.I、Sy.T、Mo.I、Su.A、N.U、Cy.K、M.M(合計16名)

【コースタイム】 西吾野駅08:35~9:03森坂峠(衣服調整)9:07~9:26イモリ山9:29~9:48東電安曇幹線345号鉄塔下9:52~9:58天寺十二丁目石峠~10:23車参拝道~10:56子ノ権現(奥の院・子ノ山)11:04~11:18阿字山(阿宇山)(昼食)11:42~11:53駐車場スルギ口~12:15スルギ~12:40六ッ石ノ頭~12:50堂平山~12:52大高沢入山~13:06高反山~13:20板屋ノ頭三角点422.0m~13:41林道降り口石祠~13:46舗装林道前坂登り口~キハダ坂~13:56尾根で休憩14:04~14:07前坂~法光寺墓苑~14:41吾野駅

【コメント】
1. 動機 
令和2年の干支は子である。縁起を担いでネズミに因んだ山に登るのも楽しい。幸運なことに新座のごく近くには有名な子の権現(通称子の山標高650m)という名刹がある。しかも子の権現は足腰の神様仏様といわれている。新座山の会の仲間と子年の1月11日に参拝すれ功徳も増すに違いない。

2.天気
天気予報では3月並みの暖かさとのことであった。当日朝は積雪も霜もない上、無風に近い。残念ながら薄曇りの曇天で青空が出たのは吾野駅に近づいた頃であった。

3.コース 
子の権現に参拝するコースは色々ある。今回は健脚の仲間が加わったことと早い日没時刻(東京で16:46)を考慮して森坂峠~イモリ山~子の権現~スルギを選んだ。このコースの核心は昨年の大雨水害で荒れた森坂峠までの登りと広葉樹林帯の滑り易い落ち葉、スルギ縦走路のロープ箇所であろう。

4. アクセス
いつものようにバスで登山口へ乗り込むこともできたが、ドタキャン・飛び込みと財布の都合を考えて西武鉄道西吾野駅現地集合とした。利用した快速急行三峰行は飯能で乗り換えの必要がない。ただし西吾野下車するのに便利なのは小手指で最前車両(西吾野で最後尾)である。この快速急行は三峰と長瀞に分かれるので連結境界は移動できないようになっているので注意がいる。復路は吾野駅に出て現地解散とした。

5. 参加者の構成
北朝霞、新座、秋津、小手指と見覚えのある顔がぼつぼつ増え、電車はダイヤ通りに西吾野に到着した。吾野、西吾野で下車する人が多い。小用後に出発前の点呼をとり参加者数16名を確認した。本日の参加者には速足、遅足が混じっているので先頭リーダーのすぐ後ろは登りが苦手な遅足メンバーに、速足の方は最後の山本さんの前に歩いてもらうことにした。

6. 山行記録
6.1 西吾野駅から高麗川
森坂峠登山口まで少々歩くのでそれがストレッチになると西吾野駅をR299に向けて出発した。下り坂の斜面にある杉には今年も雄花がたっぷりとついていた。花粉症の話で盛り上がる。他グループ3名の先行者がR299の横断歩道で歩行者優先ボタンを押してくれたので大型車両やダンプトラックが途切れなく走っているR299を全員が一団でわたることができた。高麗川に架かる橋へ東(左)へ向かう。

6.2 高麗川から森坂峠
R299を右折し橋を渡る。高麗川右岸側にゲートがあり左右に登山者向けの隙間がある。お腹が引っ掛からないかと冗談を言いながら林道に抜けた。路面に昨年の豪雨で流されてきた小石が累積している。簡易舗装が終わると踏みあとはススキの薮の中に伸びる。縦横に獣道が通っていた。栗畑跡の先の小さな草原を通って道は杉林の谷間に向かう。先行の3人が小沢沿いに作業道を登って行った。作業道は豪雨で深い溝が掘られ、小沢は削られた上に間伐材が詰まっており沢側斜面にも数多く崩壊箇所がある。山本情報の通り驚くべき荒廃だ。小沢の左岸を巻く細道を足元に注意しながら登り斜面のジグザグ道に取り付き、最後の急斜面を遅足の会員に合わせて16人が一団で登り切った。30分弱の登りであった。ファースト難関突破。森坂峠で衣服調整休憩をとった。

6.3 森坂峠からイモリ山
ここから奥武蔵黒山らしい杉林稜線歩きが始まった。尾根から巻道に入り岩場を見上げながら広葉樹林の中の道を厚く積もった落葉をかき分けて進んだ。小さな「イモリ山」のプラ道標を見つけて落葉巻道を進むと右上に小さな石祠に会う。5円(御縁)玉が約30枚ほど几帳面に並んでいた。その先の落ち葉道を右折してイモリ山山頂を踏む。薄曇りの下、狭い山頂に全員集合してまず写真を撮り、山頂から落ち葉道を下る。落ち葉は滑りやすいので自分のペースを保ち注意することが身を守る。立ち木などあるものは何でも利用してセカンド難関突破。

6.4 イモリ山から東電鉄塔
水平漫歩が終わり登りになると東電安曇幹線345号鉄塔が見え、雲間に薄い青空が出始めた。鉄塔下の薄薮に直登し待望の休憩をとる。昔、この下で迷い道に入って難儀した。鉄塔下から猪が荒らした道を下る。わずかに上り返して平坦な杉林の尾根を5分ほど進んで峠に出た。登りの難所はここで終わりである。目前には広い参詣道が伸びる。サード難関突破。

6.5 天寺十二丁目石から子の権現門前十字路
この峠の杉の根元に天寺十二丁目石が隠れていた。峠から続く参詣道は歩きよい。時折、子の権現から鐘の音が響いてきた。参詣道が尾根登りになると道幅が幾分狭く岩や裸根も出てきた。わずかに登り詰めるとそこはガードレールがある広い参詣車道である。舗装道路を南にほんの少し進むと関東ふれあいの道との合流点になる。さらに1分ほど進むと山側に地蔵が祭られ子の権現にバイパスする歩道の登り口だ。車道に上りつくと目前には小地蔵の石像が立っている。地蔵の背後は阿字(阿宇)山、その西側は十字路の車道である。十字路北側背後の子ノ山(子の権現奥の院標高650m)下には公衆便所がある。車で登ってきた参拝者、登山者、サイクリングの方、トレイルランニングの人たちがたむろしていた。すこし休憩し、人数を再確認した後に子の権現の境内に向う。

6.6 門前十字路から子の権現本堂・奥の院鐘楼
山門向こうの左右から鮮やかな色彩の大仁王像2体が睨んでいる。山側には大鱗山天竜寺(子の権現)に関係する多数の看板が立つ。計画よりずいぶん早く庫裏前に到着してしまった。まず本殿に参拝する。一年の安全登山を祈願して御縁・重縁(計15円の)の賽銭を献じた。ついでに今年一年の足腰の丈夫を祈念して重さ2トンという名物の鉄製大草鞋(黄金色)前で全体写真を撮影した。子の聖が人々のために足腰の病気と火難に会わぬよう祈願したのが由緒由来だという。子の聖は子の年の子の日子の刻に生まれたと伝えられている。我々は「せめて子の年の1月11日11時11分に本堂近くにいたい」と時間調整に入った。まずは奥の院に上り展望所に出た。ここが標高650m地点の子ノ山であろう。靄霞が濃くて悲しいことにスカイツリーまでの遠望はできなかった。メンバーが温度計を見て-1~+1℃という。平年並みの気温だ。この寒さと今年一年の諸難を飛ばすため鐘撞堂の青銅大鐘を撞くことにした。茶屋の女主人からの注文を聞いていた吾妻さんの指導で、まずリーダーが一撞き、ゴーンと2分間以上の余韻が続く。3分経ってメンバーが一撞き、これでは全員が撞き終わるに数十分かかるので撞木にさがる3本の綱を3人が握って一撞き、ゴーン。最後は綱に2人づつで握り6人がまとまってゴーンと撞いて締めとした。世の中のマスコミでは元日産のゴーン容疑者が逃げ去った(英語でゴーン)とかまびすしい。我々の安全祈願のゴーンの響きで世界が纏まるようになればと・・・

6.7 福寿草を見て阿字(阿宇)山で昼食
山本さんの先導で今年初物の福寿草の開花を見るために竹寺への道に足を踏み入れた。有名コースなので混雑しているが庫裏・宿坊裏の南側に黄金色を覗かせた小さな福寿草が人に踏まれずに点々と覗いていた。縁起の良いことだ。今年も福寿がある。庫裏前に帰ると丁度11時11分になって記念写真を撮る。境内から出て昼食に阿字(阿宇)山の東屋に向かう。なんと先客グループが東屋で食事準備中であった。余地がないので東屋をあきらめて無風の展望広場に向かい昼食とする。展望広場の腰掛に座り損ねた面々は阿字(阿宇)山の頂上を占拠した。

6.8 駐車場スルギ口からスルギ
食後、寒さに追われて早々に車道を下った。駐車場の端にあるスルギ口には広い坂道が目の下にある。杉人工林を巻いたり登ったりしてスルギという道標が立つポイントに着いた。吉田さんの調査によると、スルギという名前は「摺木用の木があったとか、猪が背中をスリスリした木があった」とか、この胡散臭いいわれは里山らしくて面白い。

6.9 スルギから高反山
人工林と二次林の中の細尾根を繰り返しアップダウンする。20分位で六ツ石の頭に到着した。手作り山名標がある。六ツ石の頭からは手書きで名を教えてくれる地形図無名の小峰が続く。堂平山の次は大高沢入山だ。高木根元の道標板には飯能アルプスとある。山本さんの提案で脇道へ高反山(532m)に向かった。すぐに山名板のある頂上に着く。明るいが展望はない。足に快いふかふかの道を踏んで縦走路に戻った。

6.10 ロープ場
杉林から北側にトラロープを張った細尾根に出た。青空が映える展望がある。ようやくだ。北西の崖側の「注意ロープ」の内側を進んで三角点(522・0m)に到着した。メンバーが「板屋の頭」と記した手作り山名標を見つける。左手ロープ越の眼下には石灰鉱山が見える。ロープをつかんで岩場ぽい急傾斜を下った。距離的には短いが慎重さが必要だ。フォース難関突破。杉林の歩きやすい道に入ると「吾野鉱山・西武建材」という看板があった。

6.11 墓地脇から舗装林道
左の鉱山に踏み込まないように下ると右下の杉林に墓地・墓石があった。下り道を進むと赤涎掛地蔵尊が道脇に立つ。舗装車道に接して左に幟を立てた石祠があった。ここでも新座山の会の登山安全を祈る。車道とは言うものの積もった杉の落ち葉に轍跡はなかった。

6.12 前坂登り口から前坂
車道にしては急な坂を下り前坂登り口に着いた。これから登るとはメンバーにとって予想外に違いない。杉林の中の長かった巻道から最後の登りを踏む。尾根に上りついて山本さんの提案で心やすめの小休憩をとった。その後は平らな尾根を前坂の道標まで歩む。ここからは登り返しなし。

6.13 前坂から吾野駅解散
ついで杉林の中を下降する。法光寺の墓苑脇に下りついて鉄路下のトンネルを潜り、参加者全員が無事に吾野駅に到着し解散できた。

7. 付録
解散後ではあるが吾妻さん発案の新年会を秋津駅直前の「てけてけ」で今回参加者のうち13名で行った。早割で吃驚するぐらい安く仕上がった。駅前居酒屋にはこんな利用法もある。次の子年も子の権現に参詣して秋津で新年会を開けたらいいなと思う。
(記:TI)

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(写真 T.Ma、T.I、Su.A)