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頚城 鉢山(1575m)

 標高1450mコルから見た鉢山
  

【日付】2021年04月22~24日(土曜日)
【メンバー】 CL:久曽神皐浩、礒田武志: 2名
【行動日程】      
【交通】
04月22日
(往 路)志木07:24-07:26朝霞台/北朝霞07:30-07:37武蔵浦和07:42-07:49大宮はくたか553号08:17-10:10糸魚川-糸魚川駅アルプス口(糸魚川タクシー)10:15-笹倉橋(焼山温泉前)-林道除雪終点
04月24日
(復 路)笹倉温泉(糸魚川バス)11:20-11:55糸魚川総合病院11:56-12:07糸魚川駅アルプス口12:11-糸魚川はくたか562号12:47-14:27大宮14:4-14:52武蔵浦和15:03-15:10北朝霞/朝霞台15:14-15:16志木

【コースタイム】 
04月22日
林道除雪終点11:16-11:27林道分岐で迷い込んで引き返す11:48-12:10鉄板橋-12:40曲がり角-13:08標高点746テント場 [歩行時間(休憩を含む)]  01時間52分

04月23日
テント5:50-6:15昼闇谷への降下点-6:26谷底から高台への登り口-6:34高台-6:56谷-8:40主稜線コル-9:57鉢山10:25-11:14コル-12:27林道-14:10昼闇谷左岸降下点-昼闇谷-14:35昼闇山北尾根近く-14:52テント [歩行時間(休憩を含む)]  09時間02分

04月24日
テント場5:59-7:30残雪末端-8:08笹倉橋・焼山温泉8:52-9:19笹倉温泉 [歩行時間(休憩を含む)]  02時間20分

【コメント】
1. 動機・目的 
 鉢山は、2011年5月19~22日に山スキーで有名な昼闇山に久曾神さんとテント山行した時に眺めて、アイスクライミングをしない自分には見るだけの山と思っていた。ところが久曾神さんから2020年残雪期に鉢山に登ろうと計画書が送られてきた。読めば雪壁が薮に変われば登頂の可能性があるとあった。残念なことに昨年(2020年)4月7日にコロナ禍の緊急事態宣言(第2回)発出でやむなく中止となった。
 2021年初めになって改定された計画書が送られてきた。残雪期の4月は1日にコロナの蔓延防止等重点措置が発出されたものの頚城のテント山行なら支障はない。2011年を思い出せば昼闇谷の両側に春の紅葉と呼ばれるブナ林の美しい芽吹き、谷や昼闇山を埋める残雪、焼山や火打岳、海谷三山、雨飾山や北アルプスや鉾ケ岳と新田山、夕食に摘まんだコゴミや蕗の薹、そして鶯やツツドリなどのさえずりなど感動が重なり涙が出る。これらを再び体験したいものだ。
 雪壁や岩稜で登れるとは思えなかった未踏の鉢山を踏破できるという期待も高まる。ついでに久曾神さん調査の前烏帽子岳にも登ってみたい。
 コロナ禍の中、コロナ太りし、筋力が衰えたので76歳にもなると少しでも回復しないと先の登山人生が短くなる。

2. 天気・気温・体調・装備 無理をしない
2.1.天気
 22日は本州付近が高気圧に覆われ日中は晴れて糸魚川市も晴で融雪、乾燥、なだれ、霜注意報が出ていた。気温は最高17℃、最低8℃で高めの予報であった。降水確率0%で南の風日中北の弱い風だという。
 23日の糸魚川市は晴で気温は最高17℃、最低7℃で標高800mのテント場はこれらより5~6℃低いと思えばよかろう。風は南南東、2m~1/s、午後には北北東から東北東、5~3m/sと枝を揺るがす風が吹くと予報であった。幸運にも山中で強風に会わなかった。
 24日の糸魚川市は晴後曇、最高16℃、最低9℃、風は弱風との予報であった。体感的には笹倉温泉の方が糸魚川より暖かいと思った。

2.2体調
 晴天と残雪のせいで紫外線が非常に強かった。毎日、日焼け止めを顔と首筋にたっぷり塗って出発したが、唇にヘルペス様が腫れや痛みが下山後に発生した。幸運なことに杉花粉の飛散が少なく、目のかゆみ、くしゃみや咳に悩むことはなかった。

2.3.テント山行装備
2.3.1.行動用
 一般的残雪期登山装備で十分である。残雪の急斜面を上下し、また巻くのにピッケル(アイスアックス)を使った。手袋、ピッケルバンドも必要である。なお新雪ではないのでワカンを持参しなかった。もちろん10本歯アイゼン(クランポン)、膝までのスノースパッツで雪の上、薮の稜線も歩いた。陽射しが強いので帽子をかぶり、目を保護するサングラスは不可欠である。もちろん長袖シャツ・長ズボンで薮に備えた。
 ところで久曾神さんはGPSにウエイポイントを事前に入れ、また歩いて来たトラックログと複雑な地形である昼闇山と鉢山との間のコルから昼闇谷まで、現在地を照合確認しつつ先行してくださった。それでもルート外れがある。すぐにルート回復できたのはGPSの成果であった。もう一つ、スマホで日本山岳ガイド協会の登山届アプリ「コンパス」で登山開始と下山の報告を行って自宅に通知されていた。無携帯の礒田では不可能だがスマホを持っておられる方にはとても有効な手段と思う。新座山の会でも採用してはどうか。

2.3.2.テント泊用
 共同装備のテントは久曾神さんに準備していただいた。感謝! 個人装備としては、テント場の標高が746mと低く、天気予報でも例年より高気温とあったが用心して氷点下用の寝袋を持参した。銀マット、インフレーションマット、シュラーフカバーに薄手ダウンジャケット上下、ダウンソックス(テントシューズ兼用)を使用したので寒さを感じなかった。ただ睡眠用キャップを忘れたので禿げ頭だけに寒かった。
 調理・食事装備は一般テント泊用である。もちろん最近流行のキャンピングツールや豪華食でないのは残念だ。さて前回の経験からテント場東の小沢で雪解け水を調達できると分かっていたので2.5Lの水袋(プラティパス)を2つ持参して2泊分の水を1回で汲んだ。

3. コース
3.1. 見どころ
風景・展望 鉢山からは360度、頚城の山々が見える
三角点マニア 鉢山に三角点がある。
信心 農道、林道、山中は全くの無宗教であった。
遺跡・歴史的建造物 人工物は堰堤や暗渠用水施設だけである。
温泉 糸魚川バスのバス停は笹倉温泉(営業中)、焼山温泉(休業中)の中にある。糸魚川駅アルプス口から片道\740。自家用車利用が一般的
山スキー 昼闇山は山スキーのメッカ、谷にも尾根にも至るところにシュプールがあった。
自然・動植物 アケビ平から昼闇山北尾根裾までの杉植林を過ぎるとブナを主役にした広葉樹の疎林であった。雪解けした林床にはユキツバキやマンサクなどの小木や笹が薮を作っている。残雪が消えれば人が入れなくなるに違いない。ブナ疎林の春の紅葉を期待していたがほんの1週間ほど早すぎたようだ。今回のテント場近くは残雪で覆われていたので杉植林地ではコゴミも蕗の薹も全く見当たらなかった。暗渠用水路・鉄板橋まで下ると路傍にふんだんに伸びていた。3日間で鶯、アオバト、ツツドリ、キジバト、エゾムシクイ(ヒリキーキ)、ホオジロ、キビタキ(チョットコーイ)、ルリビタキ(ルリビタキキタヨー)、ミソサザイと、分からない鳥のピーという声が聞こえた。鉢山への雪の上にはカモシカ、ウサギに熊の足跡が残っていた。熊については鉢山下山時、昼闇山北尾根末端で久曾神さんが目撃した。少し遅れて昼闇谷から登りついた礒田は残念にも見逃した。

3.2. 安全・ハザード
3.2.1 道迷い
 ・焼山温泉からの林道には4か所ほど分岐がある。残雪に覆われているとつい明瞭な方へ進んでしまう。今回、西尾野川へ下る林道に迷い込んだ。等高線標高520mの広場が分岐で右手目前から林道が延びている。新田山やアケビ平に延びる林道は左手にあったのにだ。林道を少し下って沢を越して間違いに気づいた。左手の小尾根に上がって対岸に水平林道があると確認して沢を越そうとしたが雪解け水がとうとうと流れているので来た道を広場に引き返した。広場から新田山分岐を過ぎてアケビ平へ林道を歩むと小橋に暗渠用水桝がある。先ほどの尾根は林道と合流していた。遠回りして残念。前回は鉄板橋の先まで除雪してあったとチラリと思い出す。橋を渡り右折して林道を進む。次の等高線標高580mの分岐を西尾野川方向下る林道を前回は少し歩いてみたが今回は迷うことなく直進した。等高線標高650mの分岐に出会う前にテント場標高点746へ杉植林の中に入った。この650m分岐は前回に道迷いしたポイントである。
 ・鉢山東のコルから昼闇谷降下点のある台地に取り付く谷までの地形がすこし複雑だ。下りは地図読みだけでは現在地やルートを確認できなかった。まずは岩峰1408を左手(北西)に見て尾根を越して小谷に入る。この小谷を下り続けると昼闇谷に出会わない。標高1300mで西の小尾根を越して次の小谷に移る必要がある。ここでやはり間違えた。先行する久曾神さんがGPSの登りトラックログを見て進行方向を正した。GPS活用が不可欠である。

3.2.2. 薮・倒木
 雪解けして残雪が薄くなった林道にはこの冬の大雪で折れた杉の倒木や大枝があった。邪魔なのだがアイゼンを着けても無理なく跨ぎ越すことができた。林や谷の斜面には残雪の下から跳ね上がる若木もあったが注意して踏めば問題なかった。
 昼闇谷右岸の上端沿い、鉢山の稜線三分の一と頂上に薮がある。
・昼闇谷右岸の上端沿いの薮は崖を避けてできるだけ傾斜が緩く、上端近くまで雪が続いている斜面に取り付くのに利用した。登りは雪斜面を登り、薮に生えている木を掴んで上端に達することができた。
・鉢山の稜線三分の一の薮は2つに分かれていた。いずれにも要所に古い鋸目や踏み跡を思わせる隙間があり昔から歩く人がいたとうかがわせた。ただ狭い尾根を塞ぐミネブナが二か所はあったと記憶する。また2番目の薮は短いが岩場に続く。この岩場に雪がつくと壁になり登頂を諦めることになるのだろう。薮になっていて幸せと感謝しながら登ったが疲れた。
・前山から平坦な残雪を踏んで最後に頂上の小薮に着いた。三角点がこの中にある。薮を漕いで体をねじ込めばよい。三角点の周りは狭いながら空き地になっている。

3.2.3. 岩場・急斜面・残雪・融雪
 ルートにある岩場はコルから鉢山に至る細尾根にしかない。アイゼンを着けて岩を薮の木を掴んで登り降りする。鋸目もあるのでそれを探し活用すれば無理をしなくて済む。
 滑落を懸念させる残雪斜面は昼闇谷の両岸である。標高差は20~50m程度で台地から谷底へ下り、谷底から台地へ登る。アイゼンの爪や歯を利かせ、ピッケルの石突を雪に刺してバランスと確保を行って行動する。礒田はアイゼンがすこしでも滑ると2度踏み3度踏みをしてしまう。久曾神さんの足跡を見ていると滑ってもその先に次の足が出てスタスタ進んでいる。そうしたいができなかった。前烏帽子岳へ林道を歩く時も同じだった。急斜面に切られた林道の残雪は斜面の角度通り斜めに延々と続いている。林道の下は深い谷だ。急斜面を巻き続けるのと同じことになる。先行する久曾神さんの足跡を辿って行くのだが谷側に滑落しないようびくびくしながらでははるかに遅れてしまった。
 融雪による水流によって昼闇谷をはじめ谷を埋めた雪が落ちて穴ができ始めていた。踏み抜いて転落しないように雪橋を選んで注意して渡った。上流になるほど穴が小さくなり数も減る。
 糸魚川市には雪崩注意報が出ていたが昼闇谷で崖からはがれ落ちたデブリが一ヶ所あったくらいで残雪の斜面にはどこにも亀裂がなかった。雪俵は二三ケ所あった。鉢山の薮尾根では雪庇が崩れ中間に雪堤が残っていた。雨飾山の方からドロドロと雪崩の音が届いてきたが近場の山々の谷に雪崩が下った茶色の流れは見えなかった。

3.2.3. 暑さ・寒さ
 放射冷却で夜明け前の冷え込みが強いかと思ったがテントの壁も凍らず、テント内に納めていた登山靴の紐も柔らかだった。前回、昼闇山からテントに帰って来た時、テント内が真夏のように暑かったので今回も同じかと思ったが耐えられる暑さであった。ただしテントからシートを引っ張り出して杉林の中の日影でしばらく過ごした。

4. 歩いてみての感想
・コロナ緊急事態宣言の合間に、2011年には思いもしなかった残雪期の鉢山に登ることができたので十二分に満足している。
・雪橋がないと前烏帽子岳にアプローチできないことも分かった。長い残雪林道を辿るのは急斜面の巻きに弱い礒田には無理である。
・アイゼンを着装して雪斜面、岩、薮を歩くことができて、GPSで現在地を確認して迷い込みをなくすれば誰で鉢山にピストンできる。一つで条件が外れるようだと止めた方が良い。
・鉢山山頂の薮を少し出ると頚城の山から北アルプス、鉾ケ岳に日本海まで360度の展望がある。懐かしい焼山に会えた時には目が潤んだ。
・なんどか利用した焼山温泉が休業とは寂しかった。地元の方が焼山温泉スキー場のゲレンデで立派なコゴミをレジ袋に2つほど満たされていたのに驚いた。雪国の春の訪れを感じる。

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(写真 礒田武志)
 
4月22日    
4月23日    
       
4月23日    
         
5. 記録
5.1. 4月22日
5.1.1. 糸魚川駅アルプス口からテント場(標高点746)まで
 糸魚川駅新幹線出札口を出て迷いながらアルプス口に降りついた。待っていた糸魚川タクシーに乗り込む。GPSL記録を開始して、国道R6、梶屋敷駅前を過ぎて県道に入り道なりに進んで切込橋を渡り早川に架かる笹倉橋を渡って焼山温泉を見て農免道路に入る。田圃を過ぎて杉林に向かうとすぐに除雪末端に着いた。運転手の話では「この冬の降雪は平年並みだが一時に1mも積もる大雪があった。3月が暖かかったので雪解けが早い」とのこと、降車地点はGPSL標高(以下Ga)で460m、笹倉温泉の真東だ。タクシー運転手の方は「このままバックで下る」とおっしゃる。前回の除雪は、はるか先の岩のある曲がり角だった。日焼け止めをたっぷり顔面に塗り付け、スノースパッツをまず着けた。朝早やく自宅を出たのでランチパックを貪る。 
 共同装備分配を申し出たが久曾神さんが運んでくださるという。甘受した。アイゼンを着けて快晴の下に出発した。林道脇の雪解けが流れる溝にコゴミを見つけた。前回の五月ではこの辺りは葉を広げてただの歯朶に見えなかったと思いだす。林道を登る。雪が広がり、ポール2本が立つ林道分岐広場で西尾野川側林道に迷い込んでしまった。進んで西尾野川の谷を見下ろすが記憶の林道とは違うので左へ斜面を登る。引き返して(直進したら林道と合流したのに)林道広場に戻った。左の林道らしい残雪筋に進み新田山分岐を確認した。一安心して林道を進む。暗渠用水路桝を見て沢を橋で渡った。迷っても直進していたらここにでたのに。思い出して前回と同じ場所で休憩した。林道端の雪は雪解けてそこには春がある。まずは蕗の薹行列に出くわした。西尾野川の谷越しに見えるのは海谷三山なのか近場の烏帽子岳と阿弥陀岳なのかどうだろう。二番目の鉄板橋に到着した。橋を渡ると残雪が切れ目なしに続く。杉植林の間を緩やかに登る。このあたりがアケビ平、林道は残雪で覆われているが左右から沢音がする。曲がり角(Ga688m)に到着したので林道から南の斜面に移った。斜面を南に標高点746に向かう。杉林の中、何段もの残雪のテラスを登って久曾神さんがウエイポイントで設定していた標高点746に到着した。テントを設営する。

5.1.2 前烏帽子岳への渡河点から昼闇谷降下点・高台登り口偵察
 まずはテントを設営して荷物を中に収める。ついで東の沢へ水汲みに向かう。見ると鉾ケ岳が大きく鎮座している。立派だ。沢に沿って下りGa690~680等高線670で水汲みができそうな流れを見つけた。雪橋を渡り右岸のシナ(桂?)の根元で2本のプラティパス(3L)を満たしてテントへ帰った。
 次に前烏帽子岳を登るために西へ向かう。渡河点すなわち沢の合流箇所を高台から見下ろし、合流点と合流する沢の上流に雪橋がなく急流が続いていることを確認した。本日、前烏帽子岳に登ることを諦めて、明日の昼闇谷降下のために南(昼闇谷上流)へ向かった。久曾神さんが見つけた降下点から残雪急斜面を昼闇谷の底に下って対岸(左岸)台地への取り付きを探す。谷底を登っていくと右岸崖からの落石、雪解けの穴や左岸から雪崩れたデブリがあった。前回に比べるとこれら障害物は数少ない。等高線880Ga881でスキーのシュプールが左岸の急斜面についているのを見つけた。この斜面を高台まで登ることに決まる。下流へ引き返して右岸880mからの残雪斜面に取り付いた。降りて来た場所より標高差と斜度が小さい。登り返して右岸の降下点890mの木に久曾神さんが目印テープをつけた。テントへ向かう途中にいわゆる大岩に出会う。テントに帰還して本格的に荷を解いた。

5.2. 4月23日
5.2.1. テントから昼闇谷を経てコルまで
 標高点746のテントを出てスノースパッツ、アイゼンを装着し、サングラスをかけ、ピッケルを右手に鉢山へ出発した。今朝も快晴である。南へ昼闇谷降下点を目指して杉林の中を登る。背後の阿弥陀岳、烏帽子岳が朝日に染まっていた。すぐに東の鉾ケ岳の方から我々の方にも朝日が射してきた。昼闇山北尾根を左に見る。赤テープを結んだ昼闇谷降下点に着き上縁の薮から残雪急斜面を下って昼闇谷の谷底に着いた。谷底を南へ左岸の登り口へ向かう。シュプールを目印とした登り口890mからシュプールを踏んで残雪急斜面を登る。先行する久曾神さんが残したステップもある。左岸のブナ疎林の台地950mに登りついた。昼闇谷の最上部を望みながら台地を登る。次いで台地から西の谷へ移る。また支尾根を南西へ巻いて次の谷に入り谷底を登り続ける。残雪に新しい熊の足跡が続き谷を西から東に横切っていた。また俵雪が転がっている場所もある。谷を登りつつ久曾神さんはGPSで現在地とウェイポイント(標高100m毎か)確認している。右手(西)に1408岩峰が見えてきた。岩峰への支稜線に登ると西(昼闇山の方)からのシュプールが着いているのが見えた。鉢山がようやく姿を現わす。主稜線に出ると大きな靴跡も続いていた。鉢山の方からもスキーのシュプールが延びている。久曾神さんが待っているコルに着いた。コルからは海谷三山、雨飾山それと鉢山をじっくりと見ることができる。 

5.2.2. コルから鉢山まで
 コルを西へ少し登って昼闇山の方向を振り返る。焼山が顔を出してきた。細くなった雪稜を鉢山へ歩む。見える岩峰が阿弥陀岳に烏帽子岳だろう。その姿に前烏帽子岳は背を低くしている。雪が切れて最初の薮に入る(北には崖記号)。よく見ると細木を引いた鋸目が幾つも残っている。いずれも古い。鋸目に沿って薄いながら踏み跡がある。ただ薮は薄めだがアイゼンを着けた足には中々きつい。薮を出て雪堤に出てほっとした。短い雪堤の上を歩いたらすぐに第2の薮が始まる。この薮には岩場(約1470m)も加わった。どうにか薮を漕いでよじ登った。その最中に尾根の南側の木に巻いた真新しい黄色のスリングを見つけた。どう使ったのだろうか。不思議に思いつつ薮を漕いでいるとミネブナなどが生えた岩が出てきた。これがきつい。先行する久曾神さんの姿はもうどこにもない。どうにか薮を抜けて前山と言われる頂上稜線の端1540mに登りついた。前山から鉢山頂上までは広い残雪稜線となる。残雪の端にある薮の中から久曾神さんの掛け声が届いた。薮の中に入ると狭い空き地に鉢山三角点1575.0mと手作り山名板がある。鉢山山頂の薮は主に開花したマンサクであった。足元の落葉の上にはイワカガミの葉もある。薮中でも四方八方の展望がある。雨飾山方向の先には北アルプス、日本海に向かうと青海黒姫山、明星山、近くに海谷駒ケ岳など三山 間近には阿弥陀岳に烏帽子岳、鉾ケ岳を見回すと昼闇山、焼山そして妙高の三山を見てこれで360度に納まる。時折、雪崩の音が遠くから響いた。

5.2.3. 鉢山からコルを経て前烏帽子岳へ向かう林道
 三角点を囲む薮の下にある雪堤から前山へ雪稜を下る。東へ向かう下りなので視野を邪魔するものがない。焼山が噴気まで見えた。前山からは登ってきた薮と雪堤を下る。雪稜に達してコルに帰ってきた。まだ午前中と早いので前烏帽子岳の麓に続く林道を目指すことになった。まずは1408mの岩峰を左にみて谷を下る。標高1380mで小稜線に乗らず、谷筋を続けて下ってしまった。見覚えがないので久さんがGPSで現在位置と往路のトラックログを照合して、東の小尾根へ登る。尾根の端は谷へ落ち込む急斜面になっていた。南へ回り込んで谷に下り、谷底を下り続けた。Ga1038mでは往路に使った高台尾根に登らずこのまま谷を下る。目の下の谷の残雪には大穴が開いてに雪解け水が音を立てて流れている。それで左岸を巻くことした。台地を北西に下り沢の左岸に出る。谷沿いの急斜面を巻くより尾根筋を辿れば尾根を切る林道と出会うと判断して尾根に登った。尾根から眺めると残雪で覆われた林道のような平地が目前にあった。平地に下ると確かに林道らしい。

5.2.4. 林道から昼闇谷を経てテント場
 道らしい平地が疎林の盆地を曲がってなぞっていた。盆地の平坦地をバイパスして斜面に切られた林道に乗ることができた。尾根の末端に着くと深い谷の向こうには白い一本筋となった林道と正面の前烏帽子岳が見えた。前烏帽子岳の林道とりつきまではまだまだ遠い。林道には973標高点から谷へ下る傾斜そのまま雪が残っている。急斜面を延々と巻き続けることになる。特に急な斜面を通り過ぎて振り返る。滑ったら谷底に落ちてしまう。こんな状態でもスタスタと進んで行った久曾神さんが引き返してきた。「前烏帽子岳に登って帰ってテント場に着くとすると日没後になると思うのでここで諦める」との託宣だ。ありがたい。慎重に巻いて平坦に帰り、昼闇谷降下点を目指してまず谷を渡り高台に登った。現在地をGPSトラックログと照合して高台を昼闇谷を見ながら北へ下る。昼闇谷左岸900mに降下点を見つけた。今朝の登り口より下流の急斜面で谷底まで標高差50mを下る。昼闇谷を下流へ向かいながら右岸登り口を探す。先行した久曾神さんのステップを頼りに昼闇山北尾根近くに登りついた。待っていた久曾神さんが「熊が北尾根へ横切っていくのを見た」とおっしゃる。さもありなん。杉植林の残雪テラスを何段も下ってテントに帰ってきた。日向に立てたテントの中は夏のようであったが前回ほどではない。ビニールシートを木陰に敷いて暑さを凌いだ。

5.3. 4月24日 
5.3.1. テント場から焼山温泉を経て笹倉温泉
 すこし薄曇りになったが今日も晴れである。テントを撤収して植林のテラスを何段も林道へ下る。15分ほどで林道に出た。林道には真新しい足跡が並んでいる。アケビ平を抜けて鉄板橋に着いた。アイゼンを外して壺足で歩く。雪が消えた路肩斜面に萌え出た蕗の薹を少々頂く。すこし下った谷側(北)の枯れ薄の間から沢山のコゴミ(クサソテツ)が伸び上がっているのを久曾神さんが見つけた。これも少し頂戴する。往路では気付かなかった土筆も行列していた。小橋を渡り暗渠用水と新田山分岐を過ぎて往路迷った分岐広場に着いた。その先でスキー・ボードを担いだの4人連れと出会った。昼闇に行くという。楽しそうだ。残雪末端に着いた。雪解け水が路面全体を濡らしている。杉林を抜けて田圃に出ると農免道路の路肩に2台ほど駐車し、年配の男性がスキー道具を準備中であった。今日は土曜日なのだと一人合点納得する。早川を挟んで間近に笹倉温泉を望むが道や橋がない。使われなくなったリフトの柱が立つ焼山温泉スキー場跡側斜面にはコゴミの大群落が続いていた。すでに天に向かって葉を広げている。早川の対岸を見れば糸魚川バスが笹倉温泉へ向かっていた。こちらの岸では地元の方がゲレンデ跡でなにやら採集中であった。焼山温泉手前の笹倉橋袂にザックを置いて休業中の焼山温泉の外周を巡ってみる。まずはソメイヨシノの花の向こうに阿弥陀岳・烏帽子岳を見た。雪に埋もれなかった上の方はすでに散っているが下の方は満開であった。休業中の焼山温泉は荒れている。ゲレンデ跡で採集していた地元の方と会う。立派なコゴミを見せていただいた。今季3回目とかレジ袋2つも下げて、笹倉温泉に向かって歩んで行かれた。我々は笹倉温泉の日帰り入浴開始時刻(9:00)に合わせて笹倉橋を出発した。近道はなかったかと早川左岸見ると早川左岸の道へ下る道が2筋もある。ただ早川を渡る橋が全くない。笹倉温泉についてまずはバス停を確認した。 時刻表を見ると11:20発車であった。

(記:礒田武志)