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上武山地 失なわれた男岳、女岳の跡を見たい

 失われた男岳女岳の跡があるという砂岩採石場
  

【日付】2021年05月16日(日曜日)

【メンバー】 礒田武志: 単独 新座市の新型コロナウイルス累積感染者数875につき、05/10から80歳以上ワクチン接種予約開始、06/02第2回目の予約予定

【行動日程】      
【交通】アクセス
(往 路)志木東武東上線09:18-10:04小川町10:13-10:29寄居秩父鉄道(三峰口行450円)10:58-11:11野上
(復 路)野上秩父鉄道(羽生行)16:33-16:48寄居16:59-17:18小川町17:31-18:25 志木

【コースタイム】  野上駅11:20→寄り道→埼玉長瀞GC取付道路入口12:00→13:23出牛の辻堂13:35→14:31浦山集落への曲がり角14:31→15:18出牛の辻堂15:18→15:39出牛峠→16:03埼玉長瀞GC取付道路入口→16:24野上駅 [歩行時間(休憩を含む) 5時間04分]

なお計画したコース 野上駅~中野上~埼玉長瀞GC取付道路入口~出牛峠~更木~分岐徒歩道~分岐~金山~山形~出牛~出牛峠~埼玉長瀞GC取付道路入口~中野上~野上駅

【コメント】
1. 動機  コロナ禍の中、コロナ太りし、筋力が衰えたので回復しなければと思っていた。昨年初夏以来、「日本山名総覧18000の山」にのせられている埼玉の山201のなかの未踏・未記録の山を近場から登ることとしている。

2. 天気・気温・体調・装備
2.1. 天気・気温 16日は、雨の範囲が広がります。関東は雨が降ったりやんだりするでしょう。最高気温は平年並みか高い所が多い予想です。近畿・東海梅雨入り(気象庁) 長瀞町 曇のち雨 最高21℃[-3]最低14℃[-4] 時間00-0606-1212-1818-24 降水確率30%60%40%60% 風 南東の風後北西の風 日付 時刻 9 12 15 18

2.2. 体調 梅雨前の曇天小雨であったが気温が19℃前後で急ぎ足でも汗をかかずに済んだ。野上駅出発、帰着まで体調良好であった。

2.3. 装備 一般的ハイキング装備で十分であった。街歩きに使えるローネックトレッキングシューズで通したが梅雨時対応のゴム長でも良かった。小雨が降った時にもレインスパッツを使わなかったが傘は広げた。なお紫外線予報に従って日焼け止めを顔に塗らずに歩いた。薮蚊等が発生しているかリぺラントとネットを準備したが全く使わなかった。帽子、長袖シャツ・長ズボンを装着した。

3. コース
3.1. 見どころ
・展望 里、里山歩きで展望はない。出牛峠からわずかに出牛集落が見下ろせたぐらいだ。歩くことができなかった更木から山形まで破線路に男岳、女岳の跡を望むことができる場所があってほしい。
・三角点マニア 残念ながら三角点はないようだ
・信心 野上の萬福寺、出牛の西福寺そして辻堂と萩神社に更木の天満宮
・遺跡・歴史的建造物 建造物ではないが出牛峠は明治期の秩父事件(秩父困民党)に関係が深い。古い道標もある。  
・自然・動植物  エドヒガン、天満宮千本桂、浦山のカタクリの里 皆野町の観光協会HPにも紹介されていた
・カザグルマ 礒田個人の感激だが、長い間見てみたかった野生の花と蕾を薮の中に発見

3.2. 安全・ハザード
3.2.1 道迷い 今回、埼玉長瀞GC取付道路入口を見つけても、地形図との照合で誤った判断をして通りすぎてしまった。地形図が作られてから何年も改定されていないと十分わきまえていたはずだのにだ。出牛峠で調査していたら誤ることはなかったのにと悔やむ。

3.2.2. 薮・倒木 出牛から出牛峠の間に倒木が道に被さっている場所がある。ただし鋸が入っているので歩くのに邪魔にならない。出牛峠を埼玉長瀞GC取付道路まで下る間の破線分岐近くに竹林がある。竹がお辞儀して薮めいているが、道を跨いだ竹は同じく鋸で切り開いてある。道の手入れをしてくださる方々に感謝。

3.2.3. 岩場・急坂 ほとんどが車道歩きで、出牛から埼玉長瀞GC取付道路までも江戸・明治の往来道とのことで手入れが行き届き、緩やかであった

3.2.3. 気温・衛生害虫 気温は19℃前後、薮蚊等の衛生昆虫はまだ発生してなかった。ただ山伏峠の登りでオオスズメバチが飛んでいた。

4. 歩いてみての感想
・私有地の中にある地形図から名前が消えてしまった里山を訪ねるのはほとほと難しい。
・砂岩採石場入口まで歩いてみたが男岳、女岳の跡を見ることができなかった。私有地内なのでこれ以上は無理だ。降り口が見つからなかった更木から山形までの破線路を歩くことができなかったのも悔いが残る。
・埼玉長瀞GC取付道路入口を素通りしてしまったのにがっくり来ている。その前の井出入橋で慎重に道探しをして現在地確認をした矢先の失敗だ。小雨のせいだけにしたくない。地形図の記載と現状と違いがよくあることに頭を働かすべきだった。ボケが始まったとすれば恐ろしい。
・歩いたコースには西福寺駐車場があった。出牛峠まで行くのなら車で林道陣見山2号を活用した方が賢い。皆野町営バスを利用して片道を歩く方が楽しみが大きいと思うが。
・50年来見てみたかった野生のカザグルマの花を薮の中に思いがけなく発見したのは大喜びだ ・ ・

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(写真 礒田武志)
 
 【記録】
5.1.. 野上駅から埼玉長瀞GC取付道路入口 まで
 東上線が荒川を渡る頃から窓に雨粒が当たり糸を引く。秩父鉄道の野上に到着した時には山に霧が被さり小雨が線路を濡らしていた。傘を広げホームから線路を渡って出札で切符を駅員に渡す。下車したのは3人、秩父鉄道がスイカ等を採用できない訳が分かる。駅舎を出て 雨の降り具合、道の湿り具合を確かめる。木陰の土は濡れていないので山中は歩きよいだろうと判断し傘をさして野上駅前を直進した。天気予報では夜まで曇りのはずが小雨とはと舌打ちをする。十字路では往来する車の合間を見計らって横断した。花壇、境界そして畑の隅に植えられたバラなどが色鮮やかである。長瀞アルプス分岐道標を見てしばらく歩くと萬福寺公衆便所前に出た。立派過ぎると驚いた。交通量の多い県道13号に突き当たり西に曲がる。地形図の中野上にある井出入橋に着いた。100m弱進んだところで井出入橋から北の道へ入るべきかと思い確認のため引き返して井出入橋西詰三差点から川沿いの車道に入った。道路は北西ではなく北東へ延びている。雨がすこし強くなり道路に水が流れる。ほとんど人の姿がなかった。神社入口まで来て地形図と照合し現在地と井出入橋の位置を確認して引き返す。中野上の井出入橋西詰から県道13号を西に向かった。

5.2. 埼玉長瀞GC取付道路入口から出牛の辻堂まで
 北に向かう車道との三差路に着いた。地形図と周囲を比較する。梶野建材店が目前の左にある。地形図の三差路には家屋記号が全くない。この車道は出牛峠へ繋がらないのではないかと思い沢(犬塚沢)を西へ渡ってしまった。結果として埼玉長瀞ゴルフクラブ取付道路入口を通り過ぎたことになる。県道13号を南西に進み続ける。交通標識に中野上とある。まさか地形図の中野上であるはずはないと思いつつ、県道から南の沢へ下り民家が続く沢沿いに徒歩道を進んで行き止まりまで行ってみた。幸いにも小雨はあがったが木々からは雫、薮と下草は雨露がある。いずれの徒歩道も出牛峠道ではないと確認して県道13号に引き返した。
 さらに梶野建材店まで引き返すべきかと思ったが地形図では県道13号から山形集落に下る破線路がある。ネット情報を参考にしてこの破線路を逆に山形から登って復路にと計画していた。そこで県道13号を南西に進み続けることにする。国道140号からの距離を記した道標が間隔を置いて立つ。当然ながら進むにつれて距離数は増加する。なぜか国道へ向かう車は国道から来る車より数が多い。後ろから追い越してくる車の音に注意しながら左(東)側の谷沿いを歩んで降下点を探す。標高点170mを過ぎた先の林道に下ってみたが行き止まりでここも破線路ではなかった。県道に引き返して進むと長瀞町中野上県道13号前橋長瀞線という道標が立っていた。なんと中野上は広い地区なのだ。地形図ではわからない。右手上に皆野町という標識があった。ここから長瀞町から皆野町になる。地形図の行政境界線と県道13号の交差で現在位置を確認した。県道は南西から西へ曲がる。ようやくヒエンソウやウツギなどの花を撮る気持ちになった。続いて県道は西から北西へ曲がる。皆野町金沢との道標が出た。そろそろ山形集落へ下る破線路の降下口があるはずと左(南西)を注視した。南西に下る車道を見つけ、山形集落への破線路かと小躍りした。確かめるために下ると別荘団地の奥で行き止まり、引き返して県道に戻った。左手に萱場が見え、ガードレールの間をロープで閉鎖した場所があった。ロープの先を覗いてみたが斜面は草薮で徒歩道には見えない。諦めて県道を北に向かった。
 県道を北に進むと人家が増える。林道陣見山2号線終点という看板が右手にある。地形図と照合して現在位置を確認した。山形集落への降下点は見つからなかったということだ(帰宅後開いてみたGPSLログからロープ閉鎖地点が山形集落への下り口であった)。出牛交差点手前(南)三叉路を北西へ、次いで橋東三叉路を西へ歩くと 出牛の辻堂に着く。コロナ禍の第3回緊急事態宣言下でも目の前の交通量は尋常ではない。多種多様な車が左右に疾走していた。辻堂は社と御堂があり背後には小さな石碑が立つ広場もある。立っている道標には左エドヒガン・右西福寺・下萩神社とある。社は萩神社というのだろう。ほとんどの車は「秩父」へ往来して、鉱業会社の名板等がある「エドヒガン」方向は寂しかった。

5.3.出牛の辻堂から浦山集落への曲がり角まで
 萩神社の鈴の下でほんの少しの間、行動食をとらせていただいた。西の「エドヒガン」へ道なりに進む。砂岩採石場から搬出されて零れ落ちた粘土が歩道を覆っていた。今日の小雨に濡れて滑りやすい。泥の上に大きな靴跡が残っていた。三叉路にでる。有恒鉱業・若林嘉陵墓・千本桂分岐で小さな東屋と若林嘉陵顕彰碑が建つ。足元には小山川が流れ橋が架かっている。川からカジカの声が響き、周りの薮や林からは鶯、シジュウカラなどの囀りが聞こえる。顕彰碑の傍らにはオオデマリが白い花房を並べていた。橋を渡って「千本桂」へ向かう。だんだん鉱山道路らしい佇まいとなる。まず北側に採石場の階段崖が現れ、次いで南側にも採石場の入口が出てくる。入口には大きは立ち入り禁止の看板が立つ。こわごわ看板の先まで行って採石場内を覗く。男岳、女岳の跡はこの構内にあるはずだ。目の前の丘の向こうなのだろうか、それらしい山は見えなかった。
 芍薬が咲く更木集落に入る。沢で釣り道具をしまっている人がいた。禁漁との看板があったが、ここは遊漁区なのだろう。上武林道城峯山分岐道標と電柱に結びつけた手書きの上武林道城峯山・浦山あじさい園分岐の道標がある。道路脇に白い花をつけたオドリコソウが混じる叢が続く。木工所を過ぎると杉林に種を打ち込んだばかりの椎茸榾木が並べてある。小さな鳥居の扁額に天満宮と記してあり、参道の先を見ると階段上に社があった。鳥居の傍には大きな空ろが空いた桂があり立て札に千本桂と書いてあった。千本桂を見上げる。近くにあった緑の丸葉桂の多くはこの木の子や孫なのであろう。皆野町営バスが追い抜いて行った。バスの上には大きな緑の管通っている。鉱石を運ぶコンベアーかと思う。管が出てくる南側の採石場の中を覗く。ここでも男岳、女岳の跡は前山に隠されて見えない。道の反対側(北)に掲示されている岩石採取標識を見る。域内図には数か所の採取場があるようだが男岳、女岳の記載はなかった。
 浦山へ向かう。オドリコソウが沢側墓地の周りを飾っていた。ネットフェンスで囲まれた皆野町金沢浄水場前で地形図と照合する。家屋記号が浄水場ならすぐそこに南へ分岐する破線路の下り口があるはずだ。目を凝らして沢側を見る。道路から下る坂、階段、沢を渡る橋が見つからない。沢には堰堤があるだけだ。破線路入口を探して沢沿い進んでいると皆野町営バスが下って来た。大きな堰堤を過ぎてとうとう 浦山集落への曲がり角に着いてしまった。深い森の中からアオバトの声、針葉樹の枝からシジュウカラの囀り、竹薮には鶯、沢沿いに生えている広葉樹にはコゲラが飛んできた。遠くからガビチョウのお喋りが聞こえている。

5.4.浦山集落への曲がり角から出牛の辻堂まで
 計画した更木から山形まで歩くことを諦めて引き返す。せめて梅雨前の路傍の野草を楽しみたい。目についた花の名前を口の中でモゴモゴと言ってみる。ハルジョオン、イヌガラシ、ヒエンソウ、オドリコソウ。カタクリの里入口という道標があった。エゴノキ、ヤブデマリ、ウツギ、ノイバラ、ニセアカシア、ホウにコゴメウツギと白い花が多い。色がついた花はナツハギ、キケマンにジュウニヒトエくらいか。15時の町内放送でラジオ体操の曲がとどろき下り足が早くなった。顕彰碑を過ぎると木陰の湿った場所にヒロハテンナンショウとオオマムシグサ、薮の中にカザグルマを見つけて喜ぶ。曲がり角を過ぎて出牛の辻堂の前に帰って来た。

5.5 出牛の辻堂から野上駅まで
 今度は橋東三差路を北へ向かい出牛交差点(標高点248)に着いた。ここも信号がある三差路である。自動車の往来が激しいので信号が青になるのを待って道を東に渡り北へ向かう。地形図の寺記号に注意しつつ進むと西福寺駐車場があった。この辺りが出牛集落なのだろう。駐車場南脇砂利細道(右:南に立派な舗装私道があるので間違えないように)に曲がる。細いがしっかりした徒歩道である。寺からの道と合流(地形図では)し砂利から草に変わる。ガビチョウの囀り、鶏鳴と混じる男性二人の声を背後に栗畑脇の細道を登る。杉林の中に入ったら直ぐに梅畑、谷を見下ろし出牛集落を振り返る。再び林に入るがはっきりした徒歩道が続く。明るくなったと前を見ると倒木が何本か道の上にある。邪魔な木には鋸が入っている。今も手入れされている道なのだ。
 林の上に出ると左手に出牛峠の道標か右野上樋口道と彫ってある石柱が立っていた。尾根はまだ上にあるが古道はここを巻いていたのかもしれない。尾根の上の舗装林道(陣見山2号線)に着いた。正面に徒歩道降り口がある。尾根から出牛を振り返り現在の出牛峠を実感する。東の植林の中へ下る。こちらも手入れが行き届いた徒歩道である。里に近づいたのか竹が林に混じり、とうとう左右が竹林の薮になる。徒歩道の上に倒れた竹は鋸で切り、道を開いてあった。竹林を出て沢を越したところで長瀞高原ビレッジと彫ってある古い石門の前に出た。ここが破線分岐に違いない。広くなった道を下ると大きな堰堤が北側に見えた。地形図の貯水池なのだろう。左上の舗装道路に合流する地点にゲートがある。その前に門番兼交通整理の男性が立っていた。ゴルフ場のソーラー発電工事で関係者以外入ることはできないことであった。 沢(犬塚沢)を右(南)に見て埼玉長瀞GC取付道路を県道13号に向かう。曇天でもヤブデマリの白い花が目に染みる。県道13号に突き当たる。ここでも交通整理中であったので念のため、野上駅は右左どちらか尋ねてみた。左(東)とのこと、話している最中に交差点左の電柱脇に古い石道標があるのを見つけた。出牛峠への峠道確認になる。ところで車が向かってくる右(西)を見ると犬塚沢、その先にはやはり梶野建材店があった。
 県道13号を道なりに国道140号に向かう。コンビニ(セブンイレブン)がある交差点で国道140号を南へ下る。2番目の交差点で左折して線路沿いに歩いて野上駅に着いた。
6.備忘
6.1. 出牛峠と秩父困民党
秩父事件は、1884年(明治17年)10月31日から11月9日にかけて、埼玉県秩父郡の農民が政府に対して負債の延納、税の減免などを求めて起こした武装蜂起事件。群馬県・長野県にも波及し、数千人の騒乱となった。11月4日 風布村の大野苗吉が率いた500~600名が秩父から出牛峠を越えて児玉へ進軍した。児玉の金屋において東京鎮台軍と交戦し大野苗吉は戦死、残りのものは再び出牛峠を越えて秩父へ敗走した。

6.2. カザグルマ
カザグルマ(Clematis Patens)花が大きく、径10~15㎝、花弁がなく、がく片はふつう八片ある。5~6月に開花する。日本列島では秋田県から南、九州まで各地に自生品が見られるが.むしろ稀少なもので、また中国大陸にも分布する。後略(p39)秩父の山のササの中に、たまにカザグルマの自生品があるとの話を聞くことがある。(p42)、新園芸手帳クレマチス楽しみ方作り方、昭和46年7月31日第3版、日クレマチス協会編、誠文堂新光社発行