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岐阜県 北ア
緑ノ笠2654m~笠ヶ岳2897.6m~クリヤノ頭2433m

 緑ノ笠から笠ヶ岳を見上げる
  

【日  付】 2021年9月23日~25日(日曜日)

【メンバー】 L:(久曽神皐浩)、メンバー 礒田武志、 合計 2名

【行動日程】      
【交通】アクセス
09月23日
(往 路)志木6:55⇒7:16小竹向原7:17⇒7:28新宿三丁目→7:40バスタ新宿(高山行濃飛バス)8:15⇒(都内交通渋滞で12:40に遅刻)⇒14:00平湯温泉BT14:40⇒15:27新穂高温泉  
09月25日
(復 路)中尾高原口(濃飛バス14:59に乗り遅れ)15:22⇒沼津の親切な男性に車で平湯温泉まで送って頂く)⇒15:50平湯温泉BT16:05⇒(交通渋滞)⇒17:23松本IC⇒20:44(予定20:30)バスタ新宿→新宿三丁目21:00⇒21:29和光市21:30⇒21:39
志木

【コースタイム】 
09月23日(祝)
新穂高温泉BS15:48→16:49笠新道入口→17:01ワサビ平小屋(泊)
[歩行時間(休憩を含む)]  1時間13分
09月24日(金)
ワサビ平小屋5:20→5:33笠新道入口→8:02二千mの草付き→9:40乗越2450m9:53→11:53主稜線2800m→12:42デポ地点P2710東12:52
→播隆平2610m→13:51緑ノ笠(2654)13:56→14:41デポ地点→主稜線2700m14:43→15:26笠ケ岳山荘2810m(泊)
[歩行時間(休憩を含む)]  10時間06分
09月25日(土)
笠ヶ岳山荘2810m5:33→5:50笠ケ岳(2898m)5:54→6:47雨具ズボンをはく→8:06雷鳥岩(2508m)→8:20クリヤノ頭分岐→8:41栂の低木を乗り越え→8:56クリヤノ頭(2433m)→9:09クリヤノ頭分岐→10:02水場10:32→13:22錫杖沢1470m→15:14槍見温泉→15:22中尾高原口970m
[歩行時間(休憩を含む)]  09時間49分
なお笠ヶ岳から中尾高原口までのコースタイムは大腿四頭筋の疲労が進んだせいでヨレヨレ下山の失速タイムである。

【コメント】
1. 動機・目的
日本アルプスの高峰にもう一回は登りたいと70歳を過ぎてから思い続けてきた。この二年はコロナ禍で山小屋泊を遠慮してきた。今年も笠ヶ岳付近の寂峰を訪れるという久曾神さんからのお誘いがあった。例年秋に開いてきた東燃総研OB会の総会・懇親会をどうするかを相談する役員会等との問題があり、日程の折り合いがつくか気を揉んでいた。どうにか隙間を選んで同行できることが分かった。今回の珍しい名前の緑ノ笠とクリヤノ頭はもちろん未踏であり、笠ヶ岳から槍見までのクリヤ谷コースは錫杖谷出合から槍見までしか歩いていない。未踏の山の2つと未踏のコースを踏破できれば大きな達成感もあるだろうし、秋空に映える北アルプスを再び訪ねて忘我の境を体験できるかもしれない。2003年07月31日に笠ヶ岳山荘に宿泊、2010年8月28日に錫杖岳に登ってクリヤ谷を上下した。それらの思い出も追認できるだろう。北アルプスの初秋を訪ねて秋を探すのも2003年9月の爺が岳~針の木以来だ。コロナ禍の中、高速バスや山小屋のコロナ対策を見てこれからの利用を考えてみたいし、コロナ太りし、筋力が衰えたのでそれも回復しなければと思う。しかし今回は標高差1500mの上り下り、しかも長距離だ。七六歳の身には大丈夫だろうかと不安も横切る。ともかく初秋の笠ヶ岳付近を満喫したい。

2. 天気・気温・体調・装備
2.1. 天気・気温
気象協会の天気予報によれば
9月23日 秋分の日は高気圧に覆われ東海では晴 高山市 曇のち晴 夏日 最高28℃、最低16℃ 時間12:00~24:00の降水確率10%、西の風後南西の風
9月24日 高山市 注意報 なし 曇のち晴 夏日 最高28℃、最低16℃ 降水確率10% 風 西の風後南西の風
9月25日 高山市 注意報 なし 晴一時雨 最高26℃、最低15℃ 降水確率30%、時間00-06 晴れ 17℃ 降水確率0% 降水量0mm 湿度87% 北西1m/s、時間06-12 晴れ 15℃ 降水確率10% 降水量0mm 湿度86% 北東1m/s、時間12-18 晴のち雨 25℃ 降水確率30% 降水量0mm 湿度% 北東m/s、時間18-24 晴のち雨 19℃ 降水確率20% 降水量0mm 湿度80% 北西1m/s
笠ヶ岳山頂最低気温は1~2℃と推定(高山駅573m 笠ヶ岳2890m 標高差2317mx0.6℃/100m=13.9℃)したが、25日朝の笠ヶ岳山荘前で実測4℃で暖かかった。
23~25日の麓は夏日で、温められて上昇する気流により雲が笠ヶ岳に登ってくるはずなので、場合によっては雷雨の懸念があった。
24日は抜戸岳南東尾根を登る頃から予想通り霧雲が周囲を蔽い、笠ヶ岳への尾根から陽射しが消えた。むしろ熱中症にならなくてすんだといえる。西側の霧がとれ、夕日に照らされて日没頃には笠ヶ岳山頂で東側から登る霧にブロッケン現象が起きて数人でダンスをしながら映る影と後光の動きを楽しめたという。
25日も雲海が広がる早朝に笠ヶ岳山荘を出発しクリヤノ頭を踏みクリヤ谷を下ったが谷の上を白雲が覆ったのは錫杖岳に近づいた頃であった。晴天に恵まれたといえる。 

2.2. 体調
日焼け・熱中症 好天が予報されていた24日、25日の朝には顔、首に日焼け止めを塗って出発した。効果があったのか日焼けによる口唇ヘルペス発症がなかった。
新・北アルプス3大急登と言われるほど(ヤマケイアルペンガイド19ー2002版)の笠新道であるから今回は年齢も考えてストックを使ってみた。久曾神さんが計画したコースタイムと比較すると笠ヶ岳山荘までほぼその通りに歩くことができた。しかしながらクリヤ谷の下りでは予想も経験もしたことがないガクガク・ヨレヨレ足となってしまった。段差の上で片足を折って体を支え段差の下で反対の片足で体を支えて着地し足を運ぶというトントン歩行ができない。次第に段差がなくても下るのが難しくなった。計画したコースタイムと比較すると錫杖沢まで3時間に対し1時間13分の遅れ、そこから中尾高原口BSまで1時間30分に対しさらに30分の遅れになった。帰宅後も大腿四頭筋がパンパンに張り2階から階段を下るにも両手で手摺を掴み一段毎に両足をとどめるという緩歩が2日間、片足緩歩で2日間と今まで経験したことのない疲労回復遅れであった。この原因は水不足や糖質不足ではなく、この数年、クリヤ谷コースのような笹薮に覆われ岩段差が続く下りを歩いていなかった運動不足にある。太腿四頭筋等の耐久力そのものも低下したものと思われる。せめて2週間前に累積標高差で2000mを歩いて足慣らしをしておくべきだったと深く反省している。
新型コロナウイルスデルタ型流行で第5波とも言われ発出された緊急事態宣言及び蔓延防止等重点措置が9月30日まで続いていた。新座市の23日の新規感染者数は4人(累計1524人)で感染は収まりつつあるように思えた。しかしワクチン接種も済んだ身であるがブレークスルー感染にならぬよう後期高齢者二年生の私も電車内、人混み、対面になる場合はマスクをかけた。また山小屋のコロナ対策すなわちマスク着用・小声で・入口では消毒剤で手洗い・アクリル板仕切り内で食事・寝具には不織布等に全面的に従った。山小屋といえばわさび平小屋も笠ヶ岳山荘も減数定員制でしかも宿泊は予約が不可欠であった(久曾神さんに感謝)。新型コロナ感染は山小屋の経営と登山者の意欲と懐にに深刻な悪影響を及ぼしている。

2.3. 装備
一般的夏山(北アルプス)装備で十分であった。天気予報により午後に雷雨、朝には0℃近くなると推測されたので雨具とダウン上下を準備した。幸運にも3日間、雨に会わなかった。しかし25日の笠ヶ岳からクリヤ谷降下点までの北向き斜面の笹やハイマツには朝露がしっかりついていた。ズボンの膝下がひどく濡れるので雨具ズボンをはいた。南斜面に移るとクリヤ谷コースは笹薮が濃いものの笹の葉は乾き雨具の必要はなかった。またバリエーションである緑ノ笠、クリヤノ頭を踏むにはハイマツ薮漕があるとのことで手袋と眼鏡紐を準備し、長袖シャツ、長ズボンを着用して薮に備えた。しかし二つの峰とも濃い薮の幅は短く濃密な薮を抜けるとすぐにハイマツの丈も密度も低く心配したほどではなかった。

3. コース
3.1. 見どころ
・風景・展望 
笠新道を登っていくと蒲田川をはさんで次第に穂高・槍が展望できるようになる。抜戸岳南西尾根乗越から望む杓子平、笠ヶ岳は圧巻、緑ノ笠も見えるはずだったが判別つかなかった。笠ヶ岳山頂から見る360度 立山~劔、黒部五郎~三俣蓮華、緑ノ笠辺り~杓子平~抜戸~双六、槍~穂高、雷鳥岩、クリヤノ頭~吉見平、乗鞍、御嶽~白山まで、それに笠ヶ岳の影が雲海に。
・三角点マニア
笠ヶ岳山頂に三角点がある
・バリーエーションマニア
緑ノ笠 降下点は笠ヶ岳テント場東の2710m峰の東西にある。今回は記録、トラックログにあるように東側の3本のガレーのうち最も傾斜の緩やかそうなガレーを選んで下った。霧で斜面も播隆平も隠されて上から見通せなかったのでトラックログにあるように岩を避けハイマツ薮をよけてジグザグに下った。復路は久曾神さんに従って播隆平から稜線に続く草付きを選んでほぼまっすぐに登った。降下点から一本西のガレーになる。なお、2710峰の西を上下したネット情報もある。

クリヤノ頭登山口 クリヤノ頭の南西尾根を巻く登山路が南東に下り始める箇所に岩が道に覗いている。この辺りの米栂薮の枝下を四つん這いになって潜り込むとハイマツ薮になる。この薮もまずはハイマツ根本を潜り気味に登り立ち上がるとハイマツの丈が肩から腰に低くなる。目前に層理になった岩がある。左に回ると登りやすいハイマツ薮となり雨裂や踏み跡が出てきた。

雷鳥岩 久曾神さんはかって南の岩から巻き気味に登ったとのことである。

・遺跡・歴史的建造物
2003年07月31日には笠ヶ岳頂上にはケルンがいくつか立っていた。今回、9月25日にはケルンは見当たらず石垣に囲まれた祠のみが残っていた
ヤマケイオンラインからの引用だが「 長和3年(1674)、円空上人がこの山を開山し、その後、天明2年(1782)に南裔(なんねい)上人が阿弥陀、薬師、不動、大日の四尊の奉納を行った。さらに41年後の文政6年(1823)には、播隆(ばんりゆう)上人が28人の村人とともに、また翌年には一行66名を伴って笠谷から登っている。これは日本山岳史上の壮挙とされている(『濃飛風上記』より」)。

・自然・動植物
夏をにぎわせた草花はすでに散って実を結び、アキノキリンソウの花が路傍をわずかに飾っているに過ぎなかった。よく見ればブナーミズナラの林床の灌木や斜面のダケカンバには初秋の風情が漂い始めている。杓子平、播隆平やそれらに落ち込む斜面はすでに黄色の草原や草付きに変わり、ナナカマドやクロマメノキなどの紅を交えて青空や霧の流れを絵葉書的景色にしていた。初秋の俯瞰を楽しむ。また結実を探すのも楽しい。クロマメノキ、スノキ、ウスゴ、ムシカリ、それにベニバナハナイチなどをの実を見つけることができた。
ハイマツ帯に入るとそこここにホシガラスの食堂があり食べた松毬が散らばっていたが姿をみせたのは1羽だけであった。播隆平では冬羽を交えたライチョウに出会った。薮から突然現れた3羽だけかと思ったら続いて岩陰から3羽が飛び出した。雛も親と大きさが変わらぬほど成長していた。

3.2. 安全・ハザード
3.2.1 道迷い
笠新道は一本道で迷うことがない。迷うとすれば杓子平から抜戸岳の稜線へ登るガレ道であろう。かっての分岐がある。今では岩に白ペンキで○印がついているのでそれを目で追って登って行けば稜線の道標に達する。前回登った笠ヶ岳に近いコースはX印が付いていた。
クリヤ谷コースは笹に蔽われ踏み跡もはっきりせず、倒木や渡渉箇所で踏み跡が途切れているので目印テープを探しながら下った。2002年のヤマケイアルペンガイドでは何の苦労もない下りコースのように書いてあったが…

3.2.2. 薮・倒木
緑ノ笠とクリヤノ頭はハイマツ薮で囲まれている。二つの峰とも肩を越す薮の幅は短くすぐに腰から膝の丈となり、さらにはっきりした踏み跡になった。もちろんいつも先行してくださる久曾神さんのお世話になったのだが。
しかしクリヤ谷コースの笹薮は濃く延々と続く。クリヤノ頭から稜線を少し進んでクリヤ谷へ下るわけだが、草原のガレ岩道から灌木帯に入った途端に笹薮が踏み跡を蔽い隠すようになる。しかも急な斜面をジグザグに笹をかき分け、岩段差が続く踏み跡を目印テープを探しながら下らなければならない。久曾神さんが待つ水場で休憩したがここまでに大腿四頭筋がパンパンに張っていた。水場からは沢に沿い、つかず離れずの笹薮道を下る。傾斜が次第に小さくなっていくものの笹の丈は次第に高くなっていった。さらにシラベや樺の太い倒木が踏み跡を横断し、ヨレヨレの足に一層の負担を強いた。踏み跡が沢に合流し、針葉樹林からブナ林に変わるとようやく笹薮も終わった。今後このまま、クリヤ谷コースの手入れが行われなければ廃道になるのも近いと思われる。

3.2.3. 岩場・急坂
笠新道は新・北アルプス3大急登と言われるほど(ヤマケイアルペンガイド19)の標高差(笠ヶ岳山荘2810m~笠新道入口1370m)がある。整備が行き届いて歩き易い。
抜戸岳から笠ヶ岳に至る稜線から播隆平へ下る急斜面には道はない。霧が立ち込めてカールの谷底まで見通せなかったので下りは傾斜が緩そうな降下点を探して草付きなどしっかりしたところを探し岩場や薮を避け雨裂などを頼りとした。帰りは稜線まで続く草付き斜面を選んで登った。砂利などは思いのほかしっかりして崩れるようなことはなった。
クリヤノ頭から稜線を少し進んでクリヤ谷へ下るわけだが、降下点2380mから水場2080mまで急な斜面を蔽った笹をかき分け、岩段差が続く踏み跡を目印テープを探しながらジグザグに下る。クリヤノ頭往復を除く雷鳥岩~錫杖沢出合までで失速し所要時間が4時間11分もかかった。久曾神さんの計画では3時間30分だから想定外の遅れで迷惑をかけた。下山後読み返したヤマケイアルペンガイドの歩程1時間40分は短すぎて首を傾げた。笹が覆った岩礫段差繰り返し道で両足の大腿四頭筋に疲労がたまり、片足で体を支えてバランスを取り下ることができなくなったせいである。新型コロナ禍によってこの2年間、日帰りできる里山しか歩けず、筋肉の老化が進んでしまった。せめて一月以内に足慣らしをしておくべきだったと反省している。

3.2.4. 渡渉
クリヤ谷コースには数か所の渡渉や河原歩きがある。今回は疲れきった足でも川面を石跳びで渡ることができたが増水時には石が水没してしまうと思われる。特に最下流の渡渉箇所は今回でも急流の上、水深があった。大雨の時にクリヤ谷コースを下るのは憚れる。止めた方が良い。

3.2.5. 暑さ・寒さ
24日にわさび平小屋出発時の早朝気温が8℃、槍・穂高から昇る朝日の光も巻雲を通って薄められ杓子平まで灼熱を感じることは無かった。抜戸岳から笠ヶ岳の稜線で日干しになることを心配したが麓から這い上ってくる霧で覆われて汗もかかずに済んだ。
25日の朝の笠ヶ岳山荘の外は4℃で氷結もなく薄着で行動できた。クリヤ谷コースも朝日が当たらない北斜面をまず歩き、南斜面となるクリヤ谷降下点下の岩道草付きでも強い陽射しは無かった。後の灌木帯、低木帯は木陰が続き、亜高山針葉樹林も槍見登山口まで暑さを遮ってくれた・

3.2.6. 衛生動植物
この時期になっても笹薮が現れると目の前をブユが踊った。今夏はアキアカネに食い残しがあったのだろうか。

4. 歩いてみての感想
笠ヶ岳の周りの面白い名を持つ緑ノ笠とクリヤノ頭を久曾神さんについて登ることができた。まずは満足している。北アルプスの高峰にもう一回は登りたいとの夢も笠ヶ岳登頂で叶えられた。また17年前の思い出にこの山行を重ねることができたのも感慨深いものがある。この二年はコロナ禍で山小屋泊を遠慮してきたがわさび平小屋も笠ヶ岳山荘も万全の感染対策が行われむしろ混雑せずサービスも良く快適であった。山小屋泊山行を再開したいものだ。また未踏のクリヤ谷コースの笠ヶ岳から錫杖沢出合までをよろよろながら下って赤線をつなぐことができたのも喜びである。たが二年以上のブランク・運動不足と老化が脚力を衰えさせ急傾斜の下りで大腿四頭筋がパンパンに張れ、バランスもとれず思いもしなかった遅足になり失速したのは真に残念なことであった。今回の山行はこの下り失速の一言で総括できる。

(記 礒田武志)

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(写真 礒田武志)
 
09月23日~24日    
09月25日    
         
6. 記録
6.1. 9月24日
6.1.1. わさび平小屋から笠新道入口まで
わさび平小屋の玄関を出て見上げると中天に名月があった。目が慣れると灯具なしで左俣林道を歩むことができる。薄明に月と穴毛の鋭鋒が木の間に望めた。秋の北アルプスに登るのは2003年9月7日に柏原新道から登って爺ケ岳から針ノ木まで歩いて以来だ。笠新道入口に到着した。水場の樋から冷水を汲み、一口含んで気を引き締めた。

6.1.2. 笠新道入口から標高2000m標まで
笠新道入口から広葉樹林の中を登る。歩き易いジグザグ道を歩む。「ここはブナナラの原生林1460m」道標板があった。GPSLでは1480mと道標より高い。見渡せば斜面の上下に高木のブナ・ナラが葉を茂らせていた。まだ黄葉の気配はない。急斜面のジグザグ道を登り続ける。所々にアキノキリンソウの黄花が残る。他に花はなく、すでに実を結んでいた。尾根を巻いて標高1700m標を過ぎたころ、左俣谷を挟んだ尾根から朝日が出た。ようやく高木林を抜けて中低木が目立つようになる。標高1800m標に会う。西へ巻く道に入ると蒲田川を越して穂高の稜線が次第に目に入るようになる。西穂のロバの耳もはっきり見えた。穂高の稜線から薄雲に登った朝日の斜光が谷間の薄い靄に射しこんでいた。中低木林の巻道では風裏になるとブユが目の前を舞う。夏にアキアカネが平らげたはず、今年は赤蜻蛉が少なかったのだろうか。「杓子平まで中間点1920m」標を見て実を結び紅葉を始めたオオカメノキを通して麓を振り返った。再び登りを始めると穂高の北に槍ヶ岳が見えるようになった。槍の穂先の上を巻層雲が流れる。巻道が小尾根登り道へと代わる。北には紅葉・黄葉が始まっているダケカンバ斜面が広がっていた。薮に低い米栂が混じり始め、さらにはハイマツが混じるようになる。ホシガラスが頭の上を越していった。本日、ギャーギャー声は2~3回聞いたが姿を見たのはこの一羽のみであった。岩道の先に標高板が見えた。今度は「2000m」、かっては草付きでよい展望(ヤマケイアルペンガイド)もあったのであろうが低木・薮が視野の邪魔をしていた。

6.1.3. 標高2000m標から杓子平乗越(抜戸岳南尾根)まで
標高2000m標の辺りからは槍は木陰に消えるが穂高の展望はよい。しかし薄曇りに加えて蒲田川の谷から靄が上がり滝谷などは霞んでいた。急斜面をジグザグに登る。ウスゴやスノキ類が葉を紅に変え実を結んでいる。見れば気の早いナナカマドが紅葉し青空を背に鮮やかであった。「標高2200m」道標の辺りから黄色に染まり始めた樺類の中低木林に入る。左手上に岩壁が続く。抜戸岳南西尾根に違いない。西へ巻きジグザグに登ると黄バミ始めた斜面の先に槍ヶ岳西鎌尾根がラインを描いているのが望まれた。蒲田川から登って来た靄が稜線越えの風に出会って雲に変っている。隣の中崎尾根を時々見ながら黄葉始まった斜面の中を巻く。ハイマツの薮に出会うと登山客が集っている杓子平乗越(抜戸岳南尾根)であった。

6.1.4. 杓子平乗越(抜戸岳南尾根)から稜線(笠新道)分岐まで
杓子平乗越で、一休みして電話をかけている久曾神さんと合流した。まずは抜戸岳を眺め、次いで笠ヶ岳を眺めて2004年を思い出す。周りを見回すと撮影中の方が多い。笠新道を登って来たグループ、クリヤ谷コースを単独で登って来た男性、双六岳から下る人々とそれぞれがひと時の思い出を刻んでいるようだった。電話をかけ続けている久曾神さんを残して杓子平へ下る。登山路脇のハイマツの根元には実を付けたチングルマ、クロマメノキ、シラタマノキが目につくがガンコウラン、コケモモ、アカモノに実が見当たらない。面白い。チングルマ、ウラシマツツジ、ナナカマドは紅をハイマツやガンコウランの緑と青空白雲に刺繍していた。杓子平からは、尾根を翼に広げた笠ヶ岳を眺め、播隆平の外縁と谷間遠くに乗鞍・御嶽を望む。地形図の杓子平の「平」字地点から抜戸岳に向かって登る。昔は分岐であったような気がするが目印に従って岩ガラ道を登る。久曾神さんが追い付いて先行していく。路傍のバイケイソウもオヤマノリンドウも盛りを過ぎて茶色に変わっている。「標高2550m」標を過ぎた頃、見る間に雲が湧いて杓子平に流れ込んできた。稜線の2715mで休憩中の久曾神さんと合流して一休みしてもうひと頑張りした。「笠ヶ岳←→杓子平」道標石を過ぎるとようやく尾根分岐標柱が見えた。

6.1.5. 稜線(笠新道)分岐から抜戸岩を過ぎて緑ノ笠降下点2700mまで
抜戸岳から延びてくる尾根筋を越えるとハイマツ道に分岐標柱が立っていた。巻道をコルに向かって下る。縦走路は左右から登ってくる霧で覆われて展望も陽射しもない。登山路の傍には赤色に変わったウラシマツツジの群落があり高所には秋の訪れが早いと認めた。2753峰を越えたあたりでは同じく紅の絨毯になったクロマメノキなどの群落も眼を洗う。振り返ると両斜面を登る霧の流れが稜線の上だけ分かれて一線の青空を残しているのが見えた。2737m峰を越したところで昼食とし、終えて抜戸岩の真ん中を通った。抜けて写真を撮ろうと振り返ると向こうでもこちらに向かって撮影中の人がいた。思いは同じ、添景の人物像が欲しかったに違いない。岩場にはホシガラスを大食堂を開いていた。抜戸岩を過ぎていよいよ緑ノ笠への降下点を探す。南から登ってくる霧が斜面ばかりか谷底までを隠してどこが播隆平へ降下によいか分からない。三つあるガレーのうち最も傾斜が緩そうなガレーの上にザックをデポした。縦走路を通る登山者が「そこは登山路から外れています」と注意してくれる。「バリーエーションを」と叫んで答えた。

6.1.6. 緑ノ笠降下点2700mから緑ノ笠往復
デポ地点からすこし下って見下ろすと右手尾根の出っ張った岩壁を回り込めば草付きの谷底に到達できると見た。久曾神さんが先行する。岩を抱いて巻き西の斜面に移動した。広い谷底の草原が見える。ザレ斜面を下って草付きに移る。尾根末端はハイマツや樺低木を乗せた岩場になっていた。引き返してくる久曾神さんと合流して岩場の付け根から左手にハイマツ薮を見ながら草付きを谷底の草原へ雨裂を辿ってまずは南へ下った。ついで草原の谷底を南西に登る。谷底は黄葉したイネ科の草に隠れて岩が敷き詰められている。岩の間の土壌を覆ったシロバナヘビイチゴの間にはタテヤマリンドウの群落がそこここに小さな青い花を満開にして空を見上げていた。流れる霧が緑ノ笠の姿を隠し、前を遮るいくつものハイマツ薮を目立たせている。薮を避けて西へ向かうとハイマツ薮の向こうに緑ノ笠らしい丘が見えたが霧が直ぐに丘を隠してしまった。いわゆる累々とした岩の堆積に出会う。そこから急な斜面の上の稜線を見上げると笠ヶ岳へ歩む人影が見える。この斜面もルートかもしれない。岩堆積を下り草原を西へ向かう。池塘に出会った。ようやく地形図上で現在地を確認できた。正面が緑ノ笠だ。池塘を回ってハイマツ薮の切れ目を目指して南東へ向かう。久曾神さんを追いかけて緑ノ笠のハイマツ薮に取り付いた。ハイマツ薮の下には水が流れた跡と踏み跡がある。ハイマツにも枝折があった。久曾神さんの声を頼りにハイマツ薮を抜けると緑ノ笠2654mの頂上であった。動くものは流れる霧だけで静寂そのものだ。見下ろすと播隆平の池塘を見える。左に見上げると霧をまとった笠ヶ岳が聳え杓子平から見た姿とはまた違っていた。久曾神さんの助言に従って細長い山頂を南東へ少し歩くと小さなケルンがあった。ここがいわゆる頂上なのかもしれない。
引き返して降下点からハイマツ薮に踏み込む。雨裂や踏み跡を辿って緑ノ笠ハイマツ薮の取り付き点まで下り播隆平の草原に出た。頂上から目視してセットした復路を進む。池塘の近くで3羽のライチョウが飛び出した。続いて草むらから3羽が続く。もう冬に備えた白羽が目立つ。大きくなった雛を連れた家族だろう。周りには赤い実をつけたベニバナイチゴとハイマツの茂みがあった。草原から岩堆積に登る。岩堆積の端をこれも赤い実をつけたヒョウタンボクの茂みが飾っていた。岩堆積の上端から一途に草付きの急斜面を、時には両手を使いながら登る。ハイマツ薮が散らばる稜線に出ると抜戸岩の方から歩てきた登山者に出会った。降下点よりすこし笠ヶ岳近くに出たらしい。ここには花を閉じたタテヤマリンドウの群落があった。上って来た草付き急斜面を見下ろした後、久曾神さんが休んでいるデポ地点に引き返した。

6.1.7 緑ノ笠降下点から笠ヶ岳山荘まで
デポ地点から笠ヶ岳山荘へ向かってまず低い峰を通る。縦走路から見下ろす播隆平には今も霧がまといつく緑ノ笠が見えた。ここを歩く人たちの姿が池塘や岩堆積のあたりから見えたに違いない。笠ヶ岳に近づくにつれ霧が薄くなった。もうチングルマの穂についていた露も乾いている。到着した天幕場ではすでにいくつかテントが張られていた。テントを張ったカップルの妻が旦那に「ザックが重かった、肩が痛かった、山荘のトイレにできるだけ近いテント場に移してくれ」と面白い注文をつけていた。空の水筒を持った妻とテント場を共に抜けて山荘へ向かう。思い出の急な岩ガラ道を登り続けると次第に笠ヶ岳山荘が大きく見えてきた。
笠ヶ岳山荘の玄関を入って宿泊手続き中の久曾神さんの後ろに立った。本日の予約は50人で満室、部屋は「奥穂」で和室、貴重品以外の荷物は廊下、同室6人、もともとは14人を泊めるようになっていた。コロナ対策でマスク着用、アルコール手洗い、寝具には使い捨て不織布カバー(枕・掛け布団襟元)・不織布シーツをつけて退去時にゴミ箱へ、夕食・朝食時は対面だが食卓をアクリル衝立で一人づつの区分けで案内あり、廊下、各室の差し込みは通電17:00~20:30とのことであった。同室は三俣蓮華から縦走3泊4日の中年の男性で荷物を纏めて笠ヶ岳に登って行った。次いで入って来た3人連れの25歳平均の若者(撮影目的らしい)によると槍ケ岳周辺の山荘、山小屋は予約満杯、それで笠ヶ岳に回って来たとのこと、夕日と霧の具合を見て笠ヶ岳でブロッケンが出るかもと若者達の勧めたのに興味なしのようであった。帰って来た男性からは笠ヶ岳頂上でブロッケンを楽しんだと聞いた。
礒田にとって笠ヶ岳山荘に泊まるのは18年振りの上、内部が新しくなっていて思い出を引き出すものに出くわさなかった。夕日の残照の中、外に出て見る小笠は昔とほとんど変化がない。小笠に登る人の姿もなかった。気温度8℃で思いのほか暖かかった。

6.2. 9月25日
6.2.1. 笠ヶ岳山荘から笠ヶ岳クリヤ谷コース降下点まで
笠ヶ岳山荘の玄関で登山靴を履く。靴箱を見れば昨日夕刻には満杯であった登山靴は残り少ない。外に出る。気温は4℃、晴れ、東は雲海、その上は旭光で日の出を待つ人が並んでいた。遅ればせながら笠ヶ岳の山頂へ向かう。昔と同じく岩のジグザグ道を登る人、下る人が往来している。もう三度はないと山腹から小笠と山荘を見下ろす。山頂で5:44のご来光を見た人たちも下山を始めている。礒田は緑ノ笠はどこだと見下ろす。尾根の陰に緑ノ笠がある。笠ヶ岳の山頂2897.6mに着いた。山頂を見回して思い出を探す。この杭は何の印だろうか。変わらぬ石垣で囲まれた社に参拝し無事と計画より早い下山を祈った。笠ヶ岳山頂には三角点もあるがその周りに人影は薄い。見れば笠ケ岳がその影を西に延ばし雲海に影笠を写していた。クリヤ谷コースの降下点に向かう。通行禁止と聞いてきたがどうも通行注意であるらしい。登山道を見下ろしながらクリヤ谷コースに足を入れた。

6.2.2. 笠ヶ岳クリヤ谷コース降下点から雷鳥岩を経てクリヤノ頭取り付きまで
クリヤ谷コースの登山道は南に下る。谷間に射しこむ斜光の上に遠くの焼岳、乗鞍岳が見える。まずは急傾斜のガラ岩道を下るが岩には目印があり迷いようはない。尾根岩道を下って南西尾根分岐に着いた。分岐から登山路は稜線から北向き斜面の巻道に代わる。丈の低い笹やハイマツについた朝露で左足膝から下がびっしょり濡れ始めた。人気が少ないのかハイマツ薮脇の登山道にはホシガラスの大食堂と残した胸羽もあった。笠ヶ岳を振り返り見上げて雷鳥岩へ向かって下る。登山道に被さる笹やハイマツが深くなり久曾神さんの判断で雨具ズボンをはき下る。四ノ沢左俣に繋がるガレーを左に見下ろしおお怖いと呟いて雷鳥岩へ向かう。登山ブームの名残だろうか石垣テント場があった。雷鳥岩取り付きにつく。斜面下の岩は鳥形だが標高差50mの上にある二つのピークも雷鳥の形をしているのだろうか。久曾神さんは左手の岩を巻いて二つの頂上を踏んだとおっしゃるが、ここで礒田のために往復1時間を費やすのはもったいない。クリヤノ頭へ向かう。

6.2.3. クリヤノ頭取り付きからクリヤノ頭往復
クリヤ谷コースの登山路はハイマツの間に明瞭についていた。問題はクリヤノ頭へどこから取り付くのか。ネット情報では栂の薮から入ったとあった。ハイマツから置き換わった米栂薮は登山路沿いにかなりの距離で繋がっていた。引き返したり、尾根筋を越したりして目印や栂薮の隙間をさがす。不思議なことに谷側の栂に巻いた白ワイヤー輪が下げてあった。目印なのか? クリヤノ頭側は密な薮で隙間は地面と枝の間しかなかった。薮慣れしている久曾神さんがまずここかなと潜り込んだ。栂薮とそれに続くハインツ薮を四つん這いで潜り、ついで立ち上がりハイマツ薮を漕いだ。ハイマツの丈が肩から腰に、さらに膝までになり灌木と混じる。草付きを選んで目の前に立ちはだかるオーバーハング気味の岩に向かう。横に薄い層理が重なる岩をガバ掴みして左に回った久曾神さんから声がかかる。回った岩の左上には低いハイマツ薮に踏み跡が着いていた。クリヤノ頭2440mの頂上に着く。記録の写真を撮り、岩まで下り、ハイマツを漕ぎ、踏み跡か水の流れ跡か分かないが下りやすい筋を選んで栂薮を潜って登山路に着いた。取り付いた場所から尾根を少し下ったところであった。引き返すと登山路に岩が顔を出していた。クリヤノ頭取り付き目印はこの岩にするとよい。

6.2.4. クリヤノ頭取り付きからクリヤ谷降下点を経て水場まで
クリヤノ頭取り付きからわずかに薮道を下ると明るい尾根筋になる。ほんの少し歩いてクリヤ谷降下点2380mに着いた。目印もあり、先の尾根筋は薮で塞がっているので迷いようがない。クリヤ谷へ下ると麓の温泉街が見えた。岩が積み重なったるガレ道はすぐに終わり笹が蔽い被さった岩道が延々と続くようになる。幸いなこと笹は朝日のおかげで露が気化し乾いている。気づいて邪魔な雨具ズボンを急いで脱いだ。しかし雨具を脱いでも、密笹の下に隠れた段差で岩に左足を置いたらよろりとしてしまう。バランスが取れなくなってトントンと歩いて下れない。脛の高さより大きい段差の岩ではお尻を使って滑るまでになった。せめて笹薮が消えて欲しいと願うが笹は丈を伸ばしいよいよ密になる。久曽神さんの2倍の時間が掛かっただろうか。ようやく待っていただいていた水場2080mに着いた。両足の大腿四頭筋筋肉がパンパン腫れている。行動食を食べ汲んだ清水をできるだけ飲んで糖質と水分を体に取り込んだ。回復を期待して。

6.2.5. 水場から錫杖沢出合まで
水場からは本格的な笹薮岩道になる。そこから下に見える米栂、シラベやダケカンバなど亜高山樹林帯に入れば高木の林床は日光不足で笹が低くなると期待していた。が、むしろ笹丈が伸びた。笹や岩段差だけでなく踏み跡には倒れた大きな木がある。パンパンの足で幹下を抜けたり太い枝を跨がなくてはならない。倒木の下を四つん這いするのはまだよかったが上がらぬ足をどうにか太い幹にかけてよいしょと跨いで座ってずり降りて倒木を越した。倒木は一本一ヶ所だけではなかった。下山を楽しむ気持ちが失せ必死で足を前に出す。番号文字が消えた「槍見笠ヶ岳登山道」ペナント道標と出会う。道の手入れがなされてないのは明白だ。このコースを大勢の方が通ったのはもう何十年も前になるのだろうとよろよろと歩きながら思う。そういえば登って来た男性二人と水場下と針葉樹の下と別々の場所で出会ったが時刻や標高など記録をしていなかったのに気が付いた。余裕が消えてしまっている。登山路を覆う笹の丈が肩までに延びた。登山者が歩かないと笹が踏み跡を消してしまう。涸れ沢に降りついた。沢を岩と倒木が埋めている。登山路は沢に沿って小さなアップダウンがあるが比較的平坦な下りとなる。笹が消えてほっとした。ここからはクリヤ谷を左右する数か所の渡渉があった。沢を疲れきったよれよれ足で石跳び横断した。滑り落ちなかったのは幸運だった。最下流の渡渉箇所は足を乗せる石を囲む流れが急でかつ水深があった。大雨で水没したらどうすればいいのだろうか。ヤマケイアルペンガイドが言うところの森林浴が楽しめる区間になる。ヨレヨレ足にはそれどころではなかった。平湯温泉BT行き濃飛バス中尾高原口BSの発車時刻に辛うじて到着できるかが課題であった。ようやく錫杖岳が見えてきた。対岸の岩陰に2張りの緑テントが張ってある。ロッククライミングの方のものだろう。錫杖谷へ下る分岐にどうにか着いた。直ぐにも到着できるかと思ったがかなりの長い下りであった。ここが出合なのだろうが周囲の様子は記憶と合わなかった。よれよれのせいで脳の働きが低下しているに違いない。たた2010年8月28日に錫杖岳から帰って来た時、クリヤ谷コースを下って来た人と会ったことを薄っすら思い出した。

6.2.6. 錫杖沢出合から中尾高原口BSまで
出合を過ぎて見覚えある大木に再会した。木の裏には槍見笠ヶ岳道標24があった。数字から見るとまだ温泉まで遠いようだ。後15分で中尾高原口BSに到達できるか・・・既に単なる下りでも両足に来ている。自分に掛け声をかけなければ前によろよろ足が出ない。杉植林のジグザグ道に入っても曲がり角から下りになると失速してしまう。とうとうバス出発時刻になってしまった。地形図穴滝を過ぎたところで後ろから若い男性が追い付いてきた。沼津からお出でになった錫杖ロッククライマーとのこと、無理をお願いして平湯温泉BTまで自家用車に乗せていただくことになった。励まし付き添って頂いて久曾神さんが待つ槍見登山口にたどり着いた。槍見温泉から車道を歩いて中尾高原口BSに来たが濃飛バス平湯温泉BT行きは23分前に通り過ぎてBSに人影ももうなかった。駐車場に歩いて自家用車に乗り込ませていただいた。感謝の至りである。

7.覚え書 なし