【第二日:08月23日(晴れ)】 ベルン→ツーン→シュピーツ→インターラーケン・オスト→ラウター・ブルンネン→グルッチュ・アルプ→ミューレン(1640m)→シルトホルンの展望台→ミューレン  
 朝、もう一度オリンピックについて聞いてみると、新聞を指差して・・・・、果たして野口みずきのゴールする写真が一面に載っていた。朝食をすませて、ベルン市内へ、U字形に蛇行するアーレ川に囲まれた旧市街、槇有恒著【わたしの山旅】にこんな表現があった、「第二次世界大戦後、私は三十余年ぶりに、この町を訪ねたが町の姿は昔と変わっていない。永世中立国のため、戦禍を受けることが無いにしても、余りにも変わらぬ町の姿を不審に思った。案内の山の友ブラヴァント君は当時ベルン州のプレジデントの職にあったが、この町の姿は法律によって維持保護しているといった。家屋の外観は厳格に旧態を保存するようにされているのであって、今日ヨーロッパの戦災で数少なくなった中世界都市の景観を大切に保存しているのである、つまり歴史と伝統とを近代化より尊重しているのであり、市民もまたそれを誇りとしているということである。私は京都や奈良の問題を思い出さずにはおれなかった。」
 野菜や花の市の屋台が並ぶ広場、その先にスイス連邦議会議事堂がドーム型の屋根を戴いて建っている。かつての牢獄塔、からくり時計のある時計塔を通って東に向かうメイン・ストリート、通りには様々な石像が載った噴水が間隔を置いて並ぶ、また両側には石造りのアーケードが連なり、足元には蓋のように地下室へのドアが並ぶ、路面は石畳の興味深い街並みだ。ベルン最古と言う石のアーチ橋を渡って、熊公園(熊はベルンの象徴)、そしてバラ公園へ、アーレ川、ベルンの街並みが一望できる。
 ベルンから再び国鉄SBBでミューレンに向かう、市街を離れると両側にはトウモロコシ畑が目立つ農村風景が続く、やがて湖の岸寄りを走る、ツーン湖だ、中央の通路を挟んで左側の座席に一人旅風の老婦人が座っていた、その窓から眺めさせてもらおうと近づくと気さくに話しかけられ沿線の風景の説明をしてくれた、ツーン湖に沿って走ると湖の向こうの谷間に真っ白な山が見えてきて、あれがアイガー、メンヒだと教えてくれ、カメラの用意は良いか?間もなく良い眺めだ・・・・・としらせてくれた、ご当人はアイガーからユングフラウ・ヨッホまで四週間の旅行でドイツから来られたとか・・・・・、ご婦人とはインターラーケン・オストで別れ、名前を覗ったら“エリカ”さんと仰った、シュツットガルトからだそうだ、おいくつくらいだろうか七十歳は越えている?文化の違いを感じる。
 我々は登山電車BOBに乗り換えてラウターブルンネンへ、ここからケーブルカーは一直線に700mの高度を十分足らずでかせいでくれる、タンネ(ドイツ語で樅の木だそうです)の森を、天気は良いし、初めて身近に見るアルプスの峰々が次々と顔を出し久々にワクワク心ときめく風景で思わず歓声を・・・・・。あれが彼の有名なアイガー(3970m)だ、メンヒ(4099m)だ、ユングフラウ(4158m)だ!。
 グルッチュアルプからのアイガー、メンヒ、ユングフラウの三山の眺めの素晴らしさと言ったら・・・・、再び登山電車のBLMでミューレンに向かう。線路は等高線に沿うように走る、それに沿うようにハイキング・トレールも整備されておりハイカーが三山の眺めを楽しみながら歩いている。進むにつれ角度を変えての三山の眺めが楽しめる、ミューレンの駅に着いて直ぐ前が宿泊先のその名も“ホテル・アイガー”、天候が良いことから自由行動のプランを変えてシルトホルンに向かうことに、荷物を預けホテル前のメインストリートを抜けて南端のロープウエー乗り場へ、途中直角に乗り換えてシルトホルン(2970m)の頂上展望台へ、ここは映画「女王陛下の007」の大スペクタクルの舞台となったレストラン、ピッツ・グロリアがあり、一時間に一回転する回転レストランでお茶を飲みながらも山々の風景を堪能できる、天候は良くても矢張り高所、結構寒い、しかしそれらも忘れるほどの素晴らしい展望、アイガー、メンヒ、ユングフラウはもちろん・・・・・、刻々変わる風景にカメラのシャッターが止まらない!?
 ロープウエーの駅からホテルに戻る道は両側にお土産屋を兼ねたロッジが並び窓は花に飾られ、国旗、ミューレンの旗が揚げられ色彩豊か、その中を通る先にアイガーの北壁が見える。
 列車でであったご婦人
帰国後記念の写真をお送りしたら、一年ほどして返事の手紙を戴いた。
旅行の後、病気の治療と勉強のためにフランスに行かれていたと言うことでした。
 
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